<ツアーの流れ>
- 訪問する考古館は、最盛期とも言われる縄文中期の文化を知る上で必須で、それぞれ特徴的な2館です。
- 国宝土偶と県宝土器の出土地(ピンポイントでガイド)を含め、訪れる遺跡は5カ所。縄文の人と文化を育んだ現地を訪ねます。
- 井戸尻考古館で、館長自ら縄文文化・縄文農耕などについてお話しいただき、さらに用途によって形状が異なるさまざまな石器を実際に使う体験を。
- 昼食は、地元で人気の古民家カフェ「指北庵」にて「これぞ諏訪の家庭の味」といえる美味しいお料理を。
- 【特別企画】ガイド2名(坂間雄司、石埜三千穂)による丁寧かつ多角的なご案内をお楽しみいただきます。

【尖石縄文考古館】1955年開館。地域を代表する縄文考古館とも。国宝土偶2点(全国の国宝土偶5点のうち2点がここに)をはじめ多数の縄文土器、土偶などを展示。

【尖石縄文考古館】館は縄文遺跡として初の特別史跡に指定された縄文中期(約5500〜4500年前)の尖石石器時代遺跡内に。一帯はクリ、コナラなどが植えられた史跡公園で、復元住居もあります。

【尖石縄文考古館 国宝「土偶」・縄文のビーナス】1986年9月8日出土。縄文時代の環状集落の中心広場の土坑に横たわるようにほぼ完全な状態で埋設。約5000年前の妊娠女性を表現。大型で優れた造形、粘土に混ぜられた雲母が輝きを放つ特別な一体。1995年、縄文時代の遺物として初の国宝に。

【尖石縄文考古館 国宝「土偶」・仮面の女神】約4000年前の縄文後期前半の土偶。2000年8月23日、中ッ原遺跡のほぼ中央の墓穴密集エリアで出土。右脚が意図的に壊されていたもののほぼ完全な姿。近接の土坑から出土した土器8点と合わせて当時の埋葬儀礼がわかるとして2014年、国宝。*今回は「足が外れた状態」のレプリカの展示となります。これも貴重な機会。

【棚畑遺跡】国宝「土偶」・縄文のビーナスが出土した茅野市内最大級の縄文前期〜江戸時代の遺跡。小さな河川に挟まれた標高880mの台地に立地。約5000〜4000年前の縄文中期〜後期前半の2つの環状集落から住居跡146軒、土偶約30体、復元された土器は約600点と膨大な数。遠方との交流も伺わせる拠点的集落です。

【中ッ原遺跡】国宝「土偶」・仮面の女神出土。標高950m、細長い尾根に広がる縄文中期(約5000年前)〜後期前半(約4000年前)の遺跡。160軒以上の竪穴住居跡、3300余の柱穴・墓穴・黒曜石の貯蔵跡、大量の土器が出土。現在は、仮面の女神の出土状況を再現した遺跡公園。

【指北庵】昼食は、築110年余の古民家カフェギャラリー「指北庵」へ。

【指北庵】手作りの諏訪家庭料理とご夫妻の温かいおもてなしに心からホッとする場所です。(料理は季節によって変わります)

【駒形遺跡・大清水遺跡】駒形遺跡は標高910mにある旧石器、縄文早期前半(約9000年前)〜後期前半(約4000年前)、平安、中世の遺跡。西に桧沢川、東に大清水水源があり、一帯はほぼ往時のままの地形。日当たりのいい南向きで、縄文時代の住居跡106軒と土坑、石器などが出土。1998年に国史跡に。

【駒形遺跡・大清水遺跡】大清水水源(遺跡)は、霧ヶ峰の伏流水が湧き、今も茅野市で最大の水源。

【井戸尻考古館】1974年開館。縄文時代の石器研究から縄文農耕論を積極的に推進。また、石器を用いて縄文時代の農耕を敷地内で再現。展示も特徴的で、土器の文様などから当時の精神世界を推察、土器、土偶を独自に解説。なお、同館は水煙渦巻文深鉢が出た曽利遺跡上に。

【井戸尻考古館】小松館長のお話を伺います。最先端の思考と実践を行いながら、熱いハートでそれを語ってくださいます!(*やむを得ない事情により、お話いただく方が変更になることはございます。)

【井戸尻考古館 水煙渦巻文深鉢】1960年、曽利遺跡4号住居跡で発見。水煙のような流れるフォルムから同遺跡の発掘を指導した藤森栄一氏が命名。見事な造形から1972年に官製ハガキの切手のモチーフに。1975年、同住居跡出土の土器6点と合わせて長野県宝に指定されました。

【井戸尻考古館 神像筒形土器/ 人面系大深鉢】「土器を見るなら井戸尻へ」と言われるほど、多様で複雑な造形の土器、土偶が見られます。「縄文図像学」という縄文土器や土偶に刻まれた文様や造形を読み解き、当時の世界像や神話、祭祀のあり方を解明しようとする考古学・民俗学のアプローチの発信源とも。

【井戸尻考古館】土器を見た後は、「石器を使う体験」を。

【井戸尻考古館】自分の手でやってみることで色々なことがわかったり、感じられたり。

【国史跡 井戸尻遺跡群(井戸尻遺跡・曽利遺跡)】 縄文農耕論誕生のきっかけになった曽利遺跡、井戸尻遺跡。八ヶ岳南麓から西麓に点在する名だたる縄文中期の遺跡の中心的存在です。井戸尻考古館の東隣の復元住居がある尾根の井戸尻遺跡が1966年に、考古館がある尾根の曽利遺跡が2025年に国史跡に指定されました。

【国史跡 井戸尻遺跡群(井戸尻遺跡・曽利遺跡)】ここは、まさに縄文人が暮らしていたところ。天気が良ければ、富士山も。

